最強のスピード馬サイレンススズカ

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私の最も印象の残っている馬として、「サイレンススズカ」が挙げられます。

 

私がサイレンススズカを好きになった最も素晴らしいレースとして挙げたいのは、1998年の毎日王冠です。

当時私は、東京競馬場まで馬券を買いに行っていましたが、もちろんその目当ては、「サイレンススズカ」、「グラスワンダー」、「エルコンドルパサー」といったGIでも見られないようなすごいメンバーが揃ったということでした。

 

しかし、レースの始まる前の私は、特にサイレンススズカをひいきにしているわけではなく、ただ強い馬の一等としか考えていませんでした。

レースが始まると、サイレンススズカが猛然と逃げ始め、大きくリードを保ったまま直線に向かいました。

 

グラスワンダーが並びかけようとしても、並びかけられず脱落し、その後エルコンドルパサーが襲いかかってきましたが、あと2馬身と迫ったと思われるところで、なんと追ってきたエルコンドルパサーより早い足を繰り出して逆にリードを広げるという見たこともない荒業を繰り広げたのでした。

 

あの時の走りは今でも目に焼き付いています。

逃げた馬が強い差し馬より直線で早い足を使ったことなどそれまで見たこともなく、その後も恐らくダートの時の「クロフネ」だけだったのではないでしょうか。

あのようなレースをもう一度見てみたいと私は願ってやみません。

 

毎日王冠後、天皇賞秋でサイレンススズカが最後のレースを迎えてしまうのですが、もしもサイレンススズカが無事であったのならと思えてなりません。

あの魂の走りが私には忘れられません。

 

1998毎日王冠 サイレンススズカ

 

 

 

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h4驚異の大逃げサイレンススズカ

 

 

私が応援していた競走馬は「サイレンススズカ」です。
大逃げで走る姿に魅了され、時には感動すら覚えるほどでした。

 

4歳時はG2以下では好走を見せるものの、G1になると足りなく惨敗する事が多かったです。

 

しかし香港国際Cを使ってから状況が一変します。
騎手をそこから天才武豊に乗り替わり、伝説が始まっていきます。
バレンタインCでは3馬身差の快勝、初重賞制覇となった中山記念でも僅差であったものの勝利。
その後小倉記念も快勝して迎えた金鯱賞。

 

私はこのレースがサイレンススズカのベストパフォーマンスをしていて、前半後続を10馬身ほどの差を付けて逃げたものの、直線に入ってからも脚色は衰えず大差勝ち。
相手には菊花賞馬の「マチカネフクキタル」などがいたものの、重賞レースでこれだけの着差を付けるのは稀であった為に非常に印象深いレースでした。

 

その後騎手を変更して迎えた宝塚記念も制して初G1制覇を成し遂げます。

 

秋になり、そこで伝説のレースが開催されます。
朝日杯を驚異的な強さで制した「グラスワンダー」、NHKマイルカップを制した「エルコンドルパサー」が参戦してきて注目を集めます。
両馬は無敗である為に、まだ底を見せていない部分がありましたが、そこでもサイレンススズカが大逃げをして快勝をします。

 

そして敵なしで迎えた天皇賞秋。
ここではどれだけ大差で勝つかというのが焦点でしたが、いつも通り逃げていたサイレンススズカが3コーナー付近で突然の失速、そして競走中止。
場内は静まり返り、レースどころではない騒ぎでした。

 

レース後左前脚手根骨粉砕骨折発症で予後不良と診断されてしまい、殺処分されてしまいました。

 

速すぎるが故に悲しい最後となってしまいましたが、サイレンススズカは心に残る名馬でした。

 

1998 金鯱賞(GII) サイレンススズカ 大差勝ち

 

 

 

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h4サイレンススズカの逃げは凄いです

 

 

サイレンススズカ」の逃亡劇は、逃げ馬の中でも稀有なものでした。

それは、彼のスピードが圧倒的に他馬と比較して、ずば抜けていたからです。

 

通常の逃げ馬というものは、騎手がスタート直後に馬を動かしてから先頭に立つものですが、彼の場合は圧倒的なスピードと前向きな気性により先頭に立ちます。

そして、そのまま他馬を大きく引き離して逃亡し、そのまま先頭でゴールまで駆け抜けます。

 

競馬に興味があるファンには、1998年の金鯱賞というレースの動画を視聴していただきたいです。

このレースは彼の本領を最大限に発揮したベストレースになります。

 

それは、誰が見ても彼のスピードが抜けていた事実と次元の違いを認識するレースです。

しかし、このように彼のスピードを思う存分に活かせるスタイルを確立するまでには、紆余曲折がありました。

 

それは、通常のレースに合わせたスタイルを模索していた時の事です。

通常のレースでは基本的に4コーナーまで力を温存して、ゴール前の直線で馬の力を最大限に発揮出来るようにします。

 

しかし、彼の場合は4コーナーまで抑え込むスタイルでは力が発揮出来ずに凡戦しています。

試行錯誤の中で、彼のスタイルがシッカリと確立されたのは、武豊騎手が騎乗するようになってからです。

 

武豊騎手はスピードを活かす為に余計な小細工はせずに、彼の気持ちに従ったレースをしています。

その姿はまさに人馬一体と言えるものでした。

 

20世紀の名馬 サイレンススズカ

 

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最終更新日: 2018年05月22日

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