3冠馬に立ち向かったナムラコクオー。

namura

 

1994年の牡馬クラシック戦線といえば、あの怪物「ナリタブライアン」が出てきた年であります。

 

当時はまだそれほど知られていなかったシャドーロールが特徴のナリタブライアンは、朝日杯、皐月賞とGIを連勝し、ダービーは確実、三冠も楽々取れるだろうと思われていました。

 

当時、それほど競馬に詳しくなかった私でもナリタブライアンで仕方がないと思っていましたが、そういう一強ムードだからこそ、無理やりにでも太刀打ちできる馬を探してしまうことがある意味、競馬の醍醐味ともいえるわけで、その恰好の的となったのが「ナムラコクオー」でした。

 

ナムラコクオーはナリタブライアンが勝った朝日杯から2週間後の今ではクラシックの登竜門ともなっているラジオたんぱ杯へと駒を進めました。

ダート短距離で勝ち上がってきた馬ですから、いきなりの芝2000では、6番人気だったことも当然といえば当然でしょう。

 

しかしレースでは他馬をまったく問題にせず、2着馬に4馬身差をつける圧勝だったのです。

続くシンザン記念も連勝し、打倒ナリタブライアンの一番手まで浮上したのです。

 

しかし弥生賞で3着に負けると脚部不安を発症し、皐月賞は回避。その後、仕切り直しとなったNHK杯を快勝し、ダービーへと駒を進めるわけですが、直線で息切れし、ナリタブライアンから2秒近く離れた6着と沈んでしまいます。

 

スピード系のナムラコクオーにとって、ナリタブライアンと互角に戦えたのは皐月賞だったはずという思いは今でも消えません。

後にナムラコクオーの脚部不安説は誤診ではないのかという憶測が流れましたが、真相はわかりません。

 

今からタイムマシンがあるのなら、パーフェクトな状態のナムラコクオーとナリタブライアンの皐月賞がみてみたいです。

 

1994(H6)NHK杯[GII] ナムラコクオー

 

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最終更新日: 2018年05月22日

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