思い出のメジロマックイーン

mejitro

 

私が最初に好きになった馬は「メジロマックイーン」でした。
競馬を始めたのが「オグリキャップ」ラストランの年の秋の天皇賞からで、メジロマックイーンはその年の菊花賞馬でした。

 

オグリ引退の有馬記念に衝撃を受け、競馬にすっかり魅了された私は次の年から本格的に競馬を始めたのですがその頃の現役最強馬がメジロマックイーンだったのです。
タマモクロス」、「オグリキャップ」の芦毛馬最強伝説の継承者として、春の天皇賞を勝ち、この年の古馬戦線はメジロマックィーン中心に回っていくという予感を感じましたが、宝塚記念では僚馬「メジロライアン」に次ぐ2着に敗れ、秋に雪辱を誓いました。

 

満を持して向かえた秋のGI戦線第1弾の天皇賞は圧勝しながらも、スタート後の斜行でまさかの降着。
ただ個人的には馬連ではなく枠連で買っていたので、代用品で馬券は当っていたのでよかったのですが馬連販売開始後最初のGIレースということで馬連で大きく勝負していた人は鞍上の武豊騎手を呪ったことでしょう。

 

その後のジャパンカップでは日本馬最先着ながら4着、有馬記念では伏兵「ダイユウサク」に足元をすくわれて2着と勝ちきれずに4歳秋を終えました。

 

しかし翌年は無敗の2冠馬「トウカイテイオー」を退けて春の天皇賞を史上初の連覇、現役最強馬の地位を確立しました。
しかし好事魔多し、調教中の骨折でその後のこの年のレースには出走できなくなりました。

 

しかし、翌年には復帰し、3連覇のかかった春の天皇賞を向かえました。

 

私もこのレースは現地で観戦、メジロマックイーンの勝利を固く信じていたのですが前年の菊花賞馬「ライスシャワー」に惜敗してしまいました。
それでも宝塚記念では勝利を収め、4年連続GI勝利を達成しました。
しかし、秋の京都大賞典を圧勝後、調教中に故障を発生し引退となってしまいました。

 

メジロマックイーンの魅力はなんといっても馬券的な安定感でしょう。
降着となった秋の天皇賞と直後のジャパンカップを除けば全て2着以内のパーフェクト連対、競馬を初めて間もなかった私にとっては本当にありがたい存在の馬でした。

 

第103回 天皇賞 春 1991.4.28 京都 芝3200m 天候:晴 メジロマックイーン

 

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最終更新日: 2018年04月26日

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