馬とともに歩んだ調教師・境勝太郎さん

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(画像出典:ウィキペディア)

 

境 勝太郎(さかい かつたろう)

1920年3月6日 – 2009年4月12日

北海道岩内郡小沢村出身

日本中央競馬会所属 元騎手、調教師

 

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2009年4月、数々のビッグレースを制した元調教師・「境勝太郎」さんが心筋梗塞のため亡くなりました。

享年89歳でした。

 

昭和の日本競馬界を代表する名伯楽の死に、多くの競馬ファンは落胆しました。

私も、ニュースで弔報を聞いたときは大変ショックでしばらく呆然としました。

 

境勝太郎さんは、そのはっきりとした物言いに「境のラッパ」と言われていた逸話がありますが、そういう人の存在は各界に必要なのだと思います。

元サッカー選手の中田英寿さんにも同じことを感じますが、はっきりと意見を言うことで、その人の話を聞くために自然と人が集まるような気がします。

 

私は境勝太郎さんの話を聞くのが好きで、強気の言葉の裏に、強靭な意志を感じました。

納得しないとレースに出走させないような厳しさは、「勝負」であると競馬と真剣に向き合っているからこそのことだと思います。

 

境勝太郎さんが長い調教師生活最後のGI有馬記念の時、自身が手かげた愛馬「サクラローレル」で勝って表彰台に立ったときは、感激で涙が出ました。

死ぬまでに何とかして一度有馬に勝ちたい」という強い思いが結果として形になり、このGI有馬記念は誰しもの心に響く名レースだったと思います。

 

最後の愛弟子」と特に目をかけてきた「高橋明」騎手のことで、「私の引退後の心残りは、明の将来」と語る様子から、境勝太郎さんの心温かい人柄がうかがえました。

 

マウンテンストーン」は「小島太」騎手が主に騎乗していた馬ですが、小島騎手の引退後、高橋明騎手がマウンテンストーンでダービーを出場することは、オーナーへ境勝太郎さんの懇願があって実現したというエピソードがあり、弟子への深い思いやりを感じます。

 

競馬界を盛り上げて下さった境勝太郎さんに、ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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最終更新日: 2018年05月22日

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