関西の名伯楽といえば伊藤雄二。

itou

 

私が競馬を始めて一番最初に好きになった馬が、「ウイニングチケット」です。

 

1993年の日本ダービーで「柴田政人」騎手に念願のダービージョッキーの称号をプレゼントする偉大な競走馬ですが、そのウイニングチケットを管理していた調教師が「伊藤雄二」師です。

 

当時は関西の調教師といえば伊藤雄二と言ってもいいぐらいで、大手有力馬主の馬は大抵が伊藤雄二厩舎の管理馬でした。

当然、乗るジョッキーも一流ばかり。

 

新馬戦など不確定要素が多いレースでは、とりあえず伊藤雄二厩舎の馬を買えばいいかなんてことも多々ありました。

 

伊藤雄二師には馬に無理をさせず、休ませる時にはしっかりと休ませるといったスタイルがありました。

 

一部の競馬ファンの間では「成長放牧」という言葉も生まれたほど、伊藤師と休養、放牧は密接な関係にあったのです。

 

実際に若駒時に無理使いをせずに大成した馬の中に、女傑と呼ばれた「ファインモーション」、古くは「ダイイチルビー」がいました。

 

どちらも古馬になってから牡馬相手に好勝負を演じた馬ですが、普通は牝馬が古馬になってから牡馬相手に通用するということが珍しいこと。

だから、そこまでの活力が残っていたということが、伊藤師の方針が間違っていなかった証明にもなるわけです。

 

しかし牡馬にはあまりこの方針が合わなかったのか、それほど成功した馬がいなかったように思います。

 

エアダブリン」も「ウイニングチケット」も「ロイヤルタッチ」も大抵が4歳で燃え尽きてしまいましたから。

 

ウイニングチケット号+アグネスフライト号【柴田政人&伊藤雄二 トークショー】第80回 日本ダービー 司会・進行:細江純子

 

 

 

伊藤 雄二(いとう ゆうじ)

1937年1月14日

大阪府北河内郡枚方町

JRA所属 元調教師、元騎手

サブコンテンツ
最終更新日: 2018年02月19日

このページの先頭へ