偉大な名馬・皇帝シンボリルドルフ

sinbori私が初めて競馬に興味を持ったのは「シンボリルドルフ」。

皇帝と呼ばれた名馬を知ってからです。

 

今でこそ競馬場に女性が当たり前に足わ運ぶ時代ですが、当時はそんなに女性の競馬ファンは多くありませんでした。
もしかしたらアイドルホースの最初の馬がルドルフなのかもしれません。

 

その強さは半端ではありませんでした。
競馬に絶対はない。だがシンボリルドルフには絶対がある」という言葉が生まれました。

 

デビューから8戦8勝、負けなしで3冠馬になり、その後7冠を制した名馬は引退後の2011年に老衰で亡くなりました。
当時、追悼の番組がいつくか放送されていましたが、引退直後もたくさんの特集が組まれていました。

 

ルドルフを語る上では手綱を取る「岡部幸雄」元騎手なくしては語れませんが、自身の著書の中に、「自分の馬に対する意識を変えた馬だ」と述べられていました。

 

それは1984年の日本ダービーでのこと。

 

シンボリルドルフ、初めて苦しい競馬をしました」という実況にあるように、最終コーナーでもなかなか抜け出さずにいたルドルフでしたが、ラスト200m過ぎてからの差し切りは今でも「凄い」の一言です。

 

この時、いつもクールな岡部騎手は、2本指を作り、高々と、天に向かって腕を上げました。
勝ったというVサインではなく、ルドルフの強さを讃えたのです。

 

2冠という意味です。
というのも皐月賞の段階で、まだ2冠も取ってないうちから「3冠、3冠」と言われていたプレッシャーを後に明かしました。

 

これで2冠なんだ、次こそ3冠に挑戦だ」というアピールだったと思います。
けれどルドルフなら3冠も取れるという自信があったからこそ2本指でアピールしたのだと思います。

 

そして迎えた菊花賞。
これは危なげのないレースでした。

 

杉本アナウンサーの「3冠馬8戦8勝!」という実況を涙しながらテレビで聞き入りました。

 

その後も順調に活躍を続けて引退。
馬の生涯において現役時代は短いものです。

 

けれど本当の面白さは、その素晴らしさは血が受け継がれていくことです。
ルドルフの残した子孫たちは素晴らしい活躍をしました。

 

それを見て改めて思うのです。
ルドルフは偉大な馬だったと。

 

第5回ジャパンカップ シンボリルドルフ

 

サブコンテンツ
最終更新日: 2018年05月22日

このページの先頭へ