記録以上に記憶に残る馬・ミスターシービー

cb強烈な個性を持つ、史上3頭目の三冠馬「ミスターシービー」。

この馬にはしびれました。

 

古い競馬ファンならこの馬の型破りなレースは、その後、どの馬にもない個性として強烈な記憶が今も鮮明に残っていることと思います。

 

名馬「テンポイント」の死、天才ジョッキー、「福永洋一」元騎手の落馬事故など、暗い話題が続いた競馬界に明るい話題を与え、その後に訪れる史上空前の競馬ブームの火付け役を担ったのがミスターシービーです。

グッドルッキングホースとして女性ファンの強い支持を集めた名馬でもあります。

 

競馬の面白さは対照的な好敵手に恵まれることと、様々なレースパターンにあります。
鮮やかな逃げと、競ったら負けないという息をのむようなゴール前の激しいデッドヒートの他に、あんな位置から届くのかというハラハラドキドキの瞬間が競馬の醍醐味です。

 

ミスターシービーのレースパターンはいつも最後方からのまくりの競馬でした。

 

画面に映らない程の最後方から、いつ仕掛けるのか、直線でバテないか。

そんな心配をあざ笑うかのように、鞍上の「吉永正人」騎手とミスターシービーは、頑なともいえるこだわりのレースを繰り広げてきました。

 

ベリースペシャルワンパターンをもじって”V.S.O.P“なる言葉が生まれたのもこの頃です。

 

数あるレースの中で一番印象に残っているのは、シンザン以来、19年ぶりの三冠馬に輝いた1983年の菊花賞です。
杉本アナウンサーは「ミスターシービー、ものすごい競馬をしました」と絶叫しましたが、型破りでありながら、誰もがシービーの強さに驚かされたレースでもあります。

 

菊花賞は3000メートルの長丁場。
馬のスタミナ配分と、京都の坂をどう使うかで勝負の明暗が決まります。

 

それは誰もが驚くものでした。
そこに来るまでに脚を使っているにも関わらず、なんと坂の上りで仕掛けて坂の下りで先頭に立ちした。

 

直線に向いたときには後方から襲いかかってくる馬がいました。

 

抜かれる、もうダメ」と思った次の瞬間、更に加速してぐんぐん引き離すのです。

 

しびれました。
血統的にスタミナに不安があるとされていたシービーの底知れぬ強さを思い行った瞬間です。

 

その年の年度代表馬になり、翌年の天皇賞・春を制して4冠に輝きました。
ですがシービーの残した記録よりも、記憶に残っているのはあの豪脚です。

 

あんな脚を使う名馬はその後出てないと思います。

 

引退後、シービーに会うために北海道に行ったことがあります。
あの豪脚が嘘のように、穏やかな優しい目をしていました。

 

その後2000年に亡くなりましたが、人々の記憶の中に永遠に残っている名馬、語り継がれるべき名馬です。

 

1984 天皇賞.・秋 ミスターシービー

 

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最終更新日: 2018年05月22日

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